【15】-5 摂食障害医療の現状
(1)日本では当たり前に受けられない専門治療
摂食障害・過食症の専門的な治療として、いままで述べてきた治療法は、摂食障害を診る医療者が広く知ることです。
しかし、日本では、医療事情の違い、人材や施設の不足もあり、摂食障害の患者さんがこれらの治療を簡単に受けることはできないでしょう。
残念ながら、摂食障害の専門治療は、日本全国どこでも当たり前に受けられるものではありません。
日本には、欧米にあるような摂食障害の専門治療施設もいまだ無く、摂食障害医療のあらゆる面で後れをとった状態です。
病院・医療機関によっては、摂食障害の患者さんの受け入れをしていないところもあるほどです。
(2)患者自身が医療の現状を知ることの重要性
ふつうの病気であれば、日本全国どこにいても、自宅から近いクリニック、医院、病院で、当たり前に検査・治療を受けることが可能です。
しかし摂食障害の場合、そうはいきません。
やみくもに病院、医療機関に頼ると、病状が悪化しかねません。
摂食障害・過食症に理解が無いばかりか、無用に患者さんを傷つけたり、自覚の無いまま、その後の患者さんの人生を台無しにするほど無責任な発言をしてしまう医師は、案外たくさんいるものです。
また、患者さんの方でも、「病院にいけば何とかなるだろう。」という漠然とした期待があることもあるでしょう。
残念ですが、摂食障害・過食症という病気が相手の場合は特に、その高すぎる期待は、かえって患者さんを打ちのめし、苦しめる結果となるでしょう。
摂食障害の患者さん自身が摂食障害医療の現状を知ることは、非常に重要なことです。
世界的な標準では、摂食障害の専門的な治療にどのようなものがあるのかを知り、日本の場合、それらの治療をどこでも簡単に受けることができないことを知りましょう。
(3)欧米の専門治療ですら発展途上
世界的に標準的な治療法であっても、治療の到達点では無く、摂食障害医療はまだまだ発展途上にあります。
摂食障害・過食症の患者さんの、早く、楽に、安定的に過食・過食嘔吐・チューイングを止めたい、止め続けたいというニーズは、まっとうで、医学的にも理にかなったものです。
欧米での一般的な摂食障害の専門治療ですら、完全にそのニーズに合致した治療法はないでしょう。
楽に、早く、安定的に過食・過食嘔吐・チューイング・下剤誤用を止めたい、止め続けたい、という多くの摂食障害の患者さんの切実な願いは、現在の摂食障害医療が到達できていないもので、到達を目指して挑戦し続けるべき課題です。
近年の摂食障害・過食症の患者さんの爆発的な増加に対応するには、治療者に高い技量がなくとも、均一で一定の効果のでる治療法は役立つものです。
しかし、治療法の均一化、効率化を背景とした認知行動療法などの専門治療では、治療者の対応がマニュアル的になる可能性があります。
治療者が機械的に治療法をなぞるだけでは、効果が現れないばかりか、摂食障害・過食症の病状を悪化させてしまう場合もあるでしょう。
(4)日本の摂食障害治療
日本の医師、カウンセラーが出来る現実的な対応は、支持的精神療法を基礎として、摂食障害に効果的な治療法の要素を診療場面に取り入れていく、というものでしょう。
しかし、これでは、医師、カウンセラーの技量によって、治療効果に大きく差がでる上に、かなり長い治療期間が必要となるでしょう。
また、治療者自身が、少しでも、過食・過食嘔吐・チューイング・下剤や利尿剤の誤用に関して、
「食べ物をそまつにする罰あたりだ。」
「摂食障害はぜいたく病だ。」
「本人の意思の問題だ。」
と感じている場合、それを言葉や態度に出さずとも、おそらく、摂食障害の患者さんとの間に信頼関係を築くことはできません。
ほとんどの場合、摂食障害・過食症の患者さんの感性は非常に鋭く、言葉や態度に出さずとも自身の病状に向けられる批判的なにおいを察してしまうものです。
治療関係を継続する難しさと治療者不足
摂食障害・過食症では、治療関係を結ぶ難しさもさることながら、それを維持する難しさはそれ以上でしょう。
摂食障害の専門治療に携わる治療者は、摂食障害の病気としての難しさを十二分に理解し、患者さんに共感・同情できる人間的な温かみをもち、また、全体を見ながら時に患者さんと適切な距離を取るなど、人間関係のバランス感覚にも長けた人物でなくてはなりません。
おそらく、そのような医師、カウンセラー、治療者は多くないでしょう。
患者さんが殺到してしまい、過剰な忙しさ、重すぎる責任でもって息切れしてしまい、本来の能力を発揮できていない治療者もいるかもしれません。
ただでさえ、摂食障害・過食症はその身体合併症が多岐にわたり、精神疾患の併存も多いために、複数の診療科で診てもらわなくてはなりません。
摂食障害に悩む患者さんの数に比しても、摂食障害・過食症を総合的に診ることができる医療者が圧倒的に少ない現状があります。
(5)患者が医療を選択する
総合的に摂食障害を診てくれる治療者に出会えなければ、患者さん自身が、自分のニーズに合った治療を選び、コーディネートしていくしかありません。
そのためには複数の治療機関を利用せざるを得ないでしょう。
また、患者さん自身が正しく摂食障害という病気を知り、摂食障害医療の現状を知らなくては、総合的に摂食障害を診ることができる治療者や、自身のニーズに合った治療の担い手を正しく選ぶこともできないでしょう。
運よく質の良い治療者に出会っても、その真価を見極められるかどうか、患者さん自身の見る目にかかっています。
治療者を選別する目を養うには、摂食障害・過食症について正しく知ること、摂食障害医療の現状を知ることです。